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オチにインパクトのある名作『12モンキーズ』のあらすじ・感想・考察(1995)

どーも、映画研究家の丸山です。 今回はこちらです。

Twelve Monkeys

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引用元:https://www.imdb.com/title/tt0114746/

この映画は何ですか?

 

「自分が死ぬのを見ます」

 

あらすじは?

ウイルスにより人類がほぼ絶滅した未来から、ウイルスの情報を得るために囚人が過去の1990年に送られる。

主人公ジェームスは精神病院に拘束されるが、そこで同じく患者のジェフリーに出会う。

彼から鍵を渡され逃亡を図るが失敗し監禁される。ミッションに失敗した彼は未来に戻され、そこでジェフリーの写真に気付く。

そして1996年に再び送られる。

みどころは?

冒頭からたびたび挿入される誰かの記憶の映像が物語の鍵となっています。実はこれはジェームスの記憶です。徐々に内容が明らかになっていくこの映像が、ラストのオチに繋がります。

タイムトラベルを繰り返しながら徐々に明らかになる展開も魅力です。

タイムトラベルのタイプは「世界線非分岐型」

本作のSF要素は、未来から過去へタイムトラベルする部分です。

SF映画での世界線には分岐型と非分岐型がありますが、本作では非分岐型を採用しているようです。

「採用しているよう」というのは、過去の改変により未来が変化したかどうかは描かれていないため、「分岐が生じたか分からない」という事です。

ただし、子供の頃に大人の自分が死ぬのを見ている事から、同一世界線に未来の自分がやってきて、過去の改変に成功する事は「既に目撃済み」です。

となると、彼の子供の時点で「人類滅亡の未来」と、「過去が改変される将来」の両方の未来が存在する事になります。

過去が改変される将来の先には、人類が滅亡しない未来がやってくるはずなので、世界線が1つではなく複数に分岐している事になります。

この点から考えると、分岐型を採用していると考えるのが妥当とはなるのですが、1995年当時のSF考証において、世界線を適切に検討できていたのかどうかは本作の内容からは分かりません。

世界線関連については下記の記事でも紹介しています。

panda.maruyamapot.com

更なる深読み

主人公が過去に行った事によりヒロインが留守電に残したメッセージを、未来の科学者達が獲得します。

これは、過去にジェームスが戻った事で、過去に変化を起こしたため、その変化が未来にもたらされた、という描写です。

しかし、変化は過去で起きているのですから、その時系列は未来ベースではなく、あくまでも時系列順で捉えなくてはなりません。つまり、未来側でジェームスがタイムトラベルに任命される以前から、その録音データは録音した過去から未来までずっと存在していた事になります。

科学者達は、ジェームスが過去に行ってから音声を入手したのではなく、最初から持っていたのです。

他の要素も総合して検討すると、この映画のSF考証にはタイムパラドックスがあり、実現不可能な展開を描いていると考えられます。

祖父殺しのパラドックス

過去に戻り若い祖父を殺すと、自分は生まれてこないから、祖父を殺す自分もおらず、祖父は殺せない。殺す自分がいなくなる「殺せない」と、「自分が殺した」から自分がいなくなる、というのは有名なタイムパラドックスで、鶏と卵理論のように「どっちが先か?」のテーマなのですが、あくまでも「矛盾」なので、どちらが先でも成立しません。

これを解決するSF作品の手法が、世界線です。未来が変化するような過去の改変をした時点で世界線が分岐し、自分がいた未来と、それとは異なる未来という異なる世界線が同時に存在するという都合のいい理屈が映画ではよく採用されます。

未来や過去は、人間が認識できるものであり、科学の力を借りずとも現実と捉える事ができます。

しかし世界線はどうでしょうか?他の世界線を観察する事も、その存在を確認する事もできません。時間は科学ですが、世界線はSFなのです。

更に、世界線が分岐するかどうかは、どのように過去を改変したかによるはずなので、どちらか1つに限定されず、分岐してもしなくても、1つの世界観で実現できるはずです。しかし、映画で採用される世界線型は、分岐型か非分岐型のいずれかです。

タイムトラベルを利用する映画のストーリーでは、その妥当性を描くために、SF考証の説明に触れる事なく、分岐型か非分岐型でシナリオを展開するのが一般的です。そのため、世界線型がどちらか一方に固定されるようです。

実際には、1つの映画の中で、分岐トラベルと非分岐トラベルが併存して問題ないわけです。観客の混乱を招くという観点からも、1つに固定しているのでしょう。

古い映画では、そういったルールを意識していないためか、タイムパラドックスがあるケースが多く見られます。有名なものは「バックトゥーザフューチャー」です。

過去で血縁関係に影響しそうな行動をしたからといって、未来から来た自分の体が徐々に薄くなって消えそうになる、なんてことはありえないんですよね。娯楽作としては秀逸ですが、SFとしては正しくない例です。

世界線が分岐すれば、祖父殺しのパラドックスの矛盾は解決できます。自分が生まれた世界と、生まれなかった世界、2つの世界に分岐する事で、パラドックスは生じなくなるからです。

祖父殺しのパラドックスを持ち出す映画は、世界線非分岐型という事になります。代表的な映画には「TENET」があります。

明確ではないものの、「アベンジャーズ:エンドゲーム」は、世界線の分岐・非分岐併存型である可能性があります。しかし、世界線を選択できるという描写はなく、なぜ都合よく「行きたい世界線」に行けたかの説明はありません。

アベンジャーズのPhase4では、マルチバースがメインテーマのようなので、「行きたい世界線」を選択できる世界観で展開されるのでしょう。既にドラマ「ロキ」では、世界線を選択して自由に行き来できる科学技術が存在しています。

ドラマ「ロキ」では、遙か未来の技術によって世界線の移動が可能です。現代の技術ではないのです。世界線はまだSFでしかないので、本当に存在するのか?科学の発達が待ち遠しいですね。

実現可能性

SF考証的に実現不可能に見える本作の展開ですが、あえて実現可能となるように解釈する事もできます。

まず、世界線型は「非分岐型」である必要があります。

しかしそうすると、ある隠された事実が浮かび上がります。

科学者達は、結果を知りながらジェームスを過去に送ったのです。

つまり、科学者達は期待を込めてジェームスを過去に送ったのではなく、何が起こるかは過去から現在までに起きた事から推測した上で、そのような過去が実際に起こるように、ジェームスを送ったのです。

そうしなければ、ウイルス発生を阻止できないからです。

この場合の最大の秘匿事実。

それは、

ウイルス事故は起こらなかった。

ウイルスによる人類絶滅は、起きなかったのです。

しかし、それを阻止するのは時間の成り行きでは実現できません。

未来から過去にタイムトラベルさせて阻止する必要があります。

それをしなければ、ウイルス事件が発生し、本当に人類が絶滅してしまうからです。

本当の未来(仮説)

この考察ストーリーは、前項の「実現可能性」を元にした想定で書いています。そうしないと、タイムパラドックスを抱えたままとなります。

過去にウイルス拡散事故が未然に阻止された。

その事件は、未来から送られたジェームスによって解決された。

その事実は、ウイルス拡散未遂が起きた当時から分析され、未来人の介入があった事が判明した。

拡散事故を防ぐためには、ジェームス本人を過去に送る必要がある。

ジェームスが選ばれたのは偶然ではなかったのだ。

現実にはウイルス事故も人類絶滅も起こらなかったが、

ジェームスにはそれが現実に起きたことだと思わせなければならない。

そうする事で、彼が真剣に過去の改変のために行動するからだ。

未来から過去へジェームスを送り、歴史通りに行動させる事で、

史実通りの歴史を維持する事が未来の科学者の目的であった。

ジェームスは、騙されていたのだ。

もう少しソフトな解釈

実際には、ウイルス事故は起きたのでしょう。この映画の製作では、タイムパラドックスや世界線は考慮されなかったか、意図的に無視されたと思われます。

ただし、最後の航空機内で、犯人の横には未来からトラベルした科学者が座っていました。ジェームスの活躍によって犯人が特定され、未来の介入によりウイルス事故は阻止されるのです。

それが、映像として描かれているこの映画の結末です。パラドックスを回避できませんが、面白いので問題ありませんね(?)

あれの意味

映画の最初に映る「分裂病患者」の予言は、最初に過去にトリップして病院に拘束された際のジェームスの話です。これが記録として残った事で、未来人達が「ジェームスを過去に送る」事を決めたのかもしれません。

その後に映る子供目線の映像は、ジェームスが子供の頃(過去)に見た記憶のシーンです。

どこで観れますか?

今はNetflixで配信されているようです。最近のNetflixは、アウトブレイク、コンテイジョンといったウイルス感染がテーマの有名な旧作を積極的に配信しており、本作もその流れと思われます。

余談

前回観てからかなり時間が経ったので内容をほとんど忘れているだろうと思って見始めましたが、冒頭の映像で「あー自分が死ぬところ見る映画だわ」とすぐに思い出してしまいました。

それはなぜか?上級忘却術をマスターしている私がなぜ覚えていたのか?

それは、ブルースウィリスがハゲだからです。

つるっパゲ(ハゲディスりではない)の彼が、ロン毛のヅラを被るなんていう派手な映像は、一生忘れられません。そのせいで、他の細部はほとんど忘れているのに、この映画で一番のウリである「あの映像は一体何?」というオチを忘れられないのです。

数年経てばまるで初めて観たかのように映画を楽しめる私でさえ、10年以上ぶりに観た映画のオチが忘れられないとは悲劇の領域。その原因が彼のハゲにあるとは、痛恨の極みです。いや、ハゲの極みか。

教訓。

ハゲにヅラ被すな。