ネタバレパラダイス

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『プラットフォーム』のネタバレ感想/The Platform (2019)

どーも、丸山です。1200ポイント使って、これ観ました。

現在は770ポイントに値下げされたようです。1200円はU-NEXTの中では高すぎるけど、770ポイントなら手が出しやすいのではないでしょうか。(更にNetflixでも観れるようになりました)

 

 

この映画は何ですか?

 

「あなた自身です」

 

どういう意味ですか?

この映画の評論に聖書的な要素を挙げる人が多いようですが、聖書的な要素は表面的なものであり、娯楽要素と見るべきでしょう。本質はそこにはありません(もちろん私が気づかない要素も多数あるかもしれません)。

とてもシンプルですが、掘り下げるほどに重たいテーマです。

説明しましょう。 

 

良作ですか?

はい、良作です。

1200ポイント=1200円相当ですが、払った分以上の満足感がありました。

ただし、タワーの謎解きのつもりで鑑賞すると謎は解けないので「つまらねー」ってなるでしょう。

この映画が表すもの

それは、現実世界の我々そのもの。 

人種や思想の異なる相手に「皆が助かる理想的な道徳」を訴えても、通じない。人間の常識は状況で変わると言われる通り、食料のある階からない階に訴えても、同調する人がいない。上層階で最寄りの階に訴えても、大抵は下層から来た人たちなので、好き放題食べまくる。このタワーでは、理想論が全く通用しない。次は死ぬかもしれない階に行く可能性が高いので、食べられる時に食っとけ!という行動です。それをやったら下層に移ったときの自分が困るのだから、皆が自制できれば全員が救われるという理論的な考えが行動に表れにくい環境です。

 

プラットフォームに乗せられた料理は、各自が僅かずつ最低限に食べれば、最下層まで行き渡る分があるらしい。

タワー内の全員が道徳的ならば、必要な分だけ食べて次へ残し、全員が食べて生存可能な方法に同調してくれるかもしれない。しかし現実世界はそうはならない。

全員が同じ考え方で、同じ行動を取るなど基本的にありえないからです。だから、このタワーの中で起こる事は、残念ながら、我々自身─あなた自身をそのまま表しているのです。

監督が表現したかったのはまさにここです。

人々は分かり合えない、そうしたほうがいいと理解はできるのに。

上で料理をおろすのは政治、その下にある、政治が見ない現実に我々が生きる。階層が離れた見えない人々の事は、我々自身関わろとしない。

遠くの国の飢餓に、自分のことのように行動を起こす人がいるでしょうか。我々は身の回りの事しか対応しないのです。政治のせいにばかりできません。各自の問題です。資本主義社会は、儲からない事はしないのてす。同じ星の人々なのに、飲み水や食料の問題を、持つ者たちが力を貸すべきはずなのに、誰かがやってくれていると信じるぐらいしかしない。人間の進化は、ここで止まっているのです。

 

雑なあらすじ

自ら志願して入った部屋には、いくつかのルールがあるようだが何も情報がない。まず分かることは一番上の階から下まで同じ穴が貫通しており、1日に1度、プラットフォームと呼ばれる石のテーブル(作中ではプラットフォームという呼称は登場しない)に料理が満載で降りてくる。それを食べて規定期間生存すれば外に出られる。概ね33階より上ならば、残飯とはいえ食事は可能で上の階ほど自由に食べられる。33階より下に残飯がある事はほとんどなく、食料の降りてこない階以下の全員は、何も食べる物がない状態で耐えるしかない。1ヶ月ごとに部屋が変わり、上層階と低層階を行き来する者もあれば、低層階が連続して食料がない状態が2ヶ月以上になる者もある。

 

食料はある

食料がない状態が1ヶ月間続く事が分かっているならば、生き抜く方法はただ1つです。

食人です。

通常、カニバリズムは「極限状態下において他の選択肢がない場合の唯一の生存方法」としてのみ、例外的に認められる究極の方法であり、普通はそのように描かれるものなのですが・・・。本作では冒頭過ぎからいきなりそれが起こります。

つまりこのタワーでは、それをしない限り生き残れないという不文律のルールが存在するという事を最初に提示しているのだと理解できます。

 

カニバリズムは最後の方法ではない

カニバってでも生き残らなければならない環境において、それを避けて生き残るにはどうすればよいか?を考える事が人間性を捨てずに生きるための選択肢です。主人公はどのような選択を取るでしょうか。

 

選択:人を食べる場合

誰を食べるか

新しい部屋に移動するたびに、必ず二人一部屋になります。穴が空いているので、下に飛び降りることは可能だし、プラットフォームに乗ってどんどん下に行くことは可能です。

下に行くほど食料がなく、低層階に繰り返し移動した人が生き残る方法は唯一、相部屋の他人を食べるか、その他人と結託して下の階に乗り込んで誰かを食べるかです。

 

殺さないで食べる

部屋の移動時は、睡眠ガスが充満し、別の階で目が覚めます。

食料が残らない階で目が覚めた主人公は、全身が束縛されて目が覚めました。タワーの運営の管理上の束縛かと思うと、違いました。経験豊富な相方が先に目覚め、縛り上げたのです。

経験豊富な相方が言うには、この階では食料は来ない。8日間待機してからお前を食べる。8日間の間に体内の老廃物が排出され、おいしくなるという事だそうです。そして8日が過ぎると、少しずつ食べます。絶対に一度に大量には食べません。

ここで、普通の人なら考えたことのない衝撃の事実が明らかになります。

 

殺さない。

 

です。

普通の頭で考えると、二人のサバイバーが生き残りをかけて相手を食べようとするならば、まず殺し合いです。死んだ相手を食べるのです。

しかし。

1ヶ月間の食料になってもらうためには、殺してはならぬ。

なぜなら、死ぬとすぐに腐敗して食べられなくなるから、食料である相手には生き続けてもらう必要がある。

だから、少しずつ肉をそぎ落として食べる。経験豊富な相方は、相手が長生きできるようにダメージの少ないところから徐々に食べていく方法を心得ているのだそう。

そしてもう1つ重要な要素も、一般人である我々には衝撃を与えます。それは

 

生かし続ける

 

こと。

「殺さない」と、「生かし続ける」は、同じようで全く別の要素です。

1ヶ月間食料がない状態では生いきられないのは、食人側だけでなく、食料側も同じ。食料側の彼にも、食事が必要です。

それはつまり、ナイフで丁寧にそぎ落とされた、

 

自分の肉を食べさせられる

 

という方法が採られます。

悲鳴を上げたくても主人公は猿ぐつわをされていて、言いたいことも言えないポイズン状態。

食人側は自分の体を犠牲にはしないので、相手を生かすにはこれが唯一の方法なわけですね。非常に残酷ですが、こうでもしない限り、1ヶ月間生き続ける事は無理なのです。もちろん、生き残るのは一人だけ。食料にされた側は苦痛と衰弱の果てに死ぬしかない。

 

自主管理局とは

タワーに入る以前のシーンから、このタワーの名前が「自主管理局」と分かります。

生きるも死ぬも、「自分達次第である」という運営方針のようです。

その自主管理のもとにおいて、入居者達が利己的にならず、全員が生き残る事が可能であるという理念が正しいことを証明しようと、運営側の職員が入室してきます。彼女は必死に最低限の食事による最大数の分配を訴えますが、誰も聞いてくれません。皆が皆、上層階で食べるのには困っていない状態の人々であるならば、理想論に全員が同じるかもしれません。しかしこの映画のミソは、1ヶ月ごとに部屋が移動することで、しかもほとんどの階が食料の届かない階であること。飢えに耐えて生き続けた人が次の月に上層階に移動すると、「次は死ぬかもしれない」という生き残れる見込みがない状況にあって、理想論は全スルー。食べたい放題食べます。上層階なら、豪華な盛り付けでメインもデザートもワインもあります。毎日1回、満腹で食べられなくなるまで食べまくります。その残飯でさえ、33階までしか残らない。人間の常識は不変ではないという事もこの映画は強烈に表しています。善人、悪人は関係ない。食べなければ二人とも死ぬのです。相手を殺したくないから、自分が生殺しにされて1ヶ月間毎日肉を削がれながら、死ぬために生きる事を選びますか?生きて出るためには、食べるしかないのです。上から食料が降りてこない限り。水は飲み放題です。何も食べずに何日間生きられるでしょうか。1ヶ月間は無理でしょう。最初は悩むかもしれませんが、経験豊富な相方のように、割り切ってしまった人には新しい相方は食料でしかありません。33階より下ならば。

 

選択:人を食べない場合

主人公は大胆な選択をしました。

この運営がおかしいから、何かメッセージを届けようというのです。

降りてきた料理に手を付けず、最低限の取り分けを階下に訴えますが、やはり誰も聞いてくれないし、顔が見えるのは隣接した階だけ。一体何階まであるのか分からない穴の中に、料理に手を付けない事も節約することも訴えが届きません。

 

そこで主人公は、プラットフォームに乗り、各階で「1日だけだから食べるな」と強要します。

 

そして、プラットフォームは下へ下へとどんどん進み、100階ぐらいじゃないかと言われていたタワーの階数は、更に下がある事が分かります。200階、300階。とても静かで、人がいません。33階より下の人々が、全員要領良く相手を生きた食料として1ヶ月間上手に食べ続けたならば、次の部屋でも同じ事をすれば33階より上に行けなくとも生き続けられるでしょう。しかしそれを毎月実行すると、1ヶ月ごとに人数が50%⇒その50%⇒その50%と減っていく訳なので、一部屋に二人をマッチングしても、新規の入居者が多数いない限り、空き部屋が増えていくわけです。果たして、最初の開始時点ではこのタワーには人数が満員でスタートしたのでしょうか?常に新入者を招き入れても、満員になることはないのでしょうか。

その辺をどのように捉えるかは、このタワーが何階まであるかを知ることで尺度が変わるでしょう。

 

333階

主人公達が乗ったプラットフォームは、多くの無人の階を抜けて、ついに333階に到達し、その穴に入ると深い暗闇に入ります。333階がこのタワーの最下層でした。

33階までしか食料が届かないのに、34階から333階までの人々が全員要領良く、相手を家畜化して生存が可能でしょうか。50%の人が要領が良かったとしても、次の月には、100%の人が「要領のいい人達」になり、弱い方が食料にされます。常に強い方だけが生き残る環境になります。月が経てば、要領のいい人達は自然と50%減少を繰り返し、圧倒的に少数になっていきます。「新規入居者」が食人をしない良心の残った人と相部屋になる可能性は少なくはありません。しかし、ロジックは不明ながら、運営側はなんらかの基準で毎月の部屋の移動先を調整しているように見えます。上下を繰り返すことが多い気配ですが、下層を繰り返すと生存率が下がるので、恐らく200階より下に移動する事はないのではないかと推測します。

 

ところで、運営側の職員が言うには、「子供は入れない」と言います。しかし、自分の子供がいると訴えるアジア系女性がいます。彼女は毎日プラットフォームに乗って下がって行きましたが、何をしているかは不明。時に攻撃を仕掛けられて返り討ちにしたりもしているようです。

 

一番下での発見

プラットフォームは、各階に30秒か1分ほど、食事のために停止します。人がいないはずの333階で主人公が発見したのは、

 

いないはずの子供

 

でした。

あの女性がいうように、彼女の子供が、一番下の階の物陰に隠れていたのです。この、通常なら入居者が来ないほどの深い階に子供をかくまい、毎日プラットフォームで食料を届けていたのでしょう。しかし母親は既に死んでしまいました。

 

残されたメッセージ

プラットフォームは一番下まで行くと、今度は一番上までノンストップで戻って行きます。主人公達は、誰も料理に手を付けないでプラットフォームを戻すことで、この運営方法への不満のメッセージを「上にいる人達」に突きつけるつもりでした。

しかし、各階で食料の強奪を仕掛けられるのに対し、抵抗するのは特に武器のない二人。本来なら食料の届かない階に、手つかずの料理が降りてきたのですから、人々は本気で奪いに来ます。プラットフォームは広いので、たった二人では守り切れません。それを何度も繰り返したことで、結局最後まで食べられずに残ったのは一皿のデザートでした。

そのデザートを戻すか悩んだ後、それを子供に与え、主人公はこの子を運営へのメッセージとして、上へ戻るプラットフォームに乗せます。

これがこの映画の全てです。

 

間違いやすい

この映画を見始めると、一体どんなルールで成り立っているんだろうか?と隠された謎を探そうとしてしまいます。そのような見方をした時に、聖書的な要素はミスリードのために意図的に目立つように配置されています。特にそれらに詳しい人ほど、その点で解釈しようとしてしまうかもしれません。しかし監督が表しているのは我々の現実です。最後に子供が隠れていたのも、現実の象徴です。管理者側が「このタワーに子供はいない」と言っていたのに、事実として子供はいる。事実が見えていないのです。見えない事実は考慮されないのです。それは正に政治と貧困の隔たりを表すでしょう。禁止しても、最適な環境でなくとも、飢餓や貧困でも、子供は生まれる。

食料をそのまま上に戻す事が叶わなかった代わりに、「いないはずの子供」を登場させる事で、「上の人達」へ問題提起をしているのです。

 

結論

だから、本作を観たあなたの住む国や貧富の違いを超越して、この映画は我々の生きるこの世界、我々自身、政治が万能ではない現状を表しているのです。

言っても通じないならば、どうやって変えていけばよいでしょうか。これは、一人一人が考えていくこと、かもしれませんが、個人の意見が広く伝わらない超えられないハードルを本作は見せつけます。

人間はどのようにすれば進化できるでしょうか?

 

別な展開

本作では描かれていない要素があります。上の階への移動です。

入居者が他の階に移動する事に罰はないようです。明確なルールはただ1つ、プラットフォームが部屋に止まっている間しか食事ができない事。だから食料を部屋に置いておくと罰が下ります。これ以外は自由なようです。となれば、部屋の相方を食べなくとも、上層階に移動して(殺す殺さないは状況次第)食べる事も可能なはず。10階より上ならば、残飯ではなく手つかずの料理が多数あるはずなので、交渉してシェアしてもらう事が可能なはずです。少なくとも、低層階で殺し合うよりも、「うまく行けば」よりマシな選択肢に思えます。しかしこの部分を描くとストーリーラインが混乱するし監督のメッセージ性から外れた展開になるので、みんな真面目に自分の部屋で1ヶ月間過ごすケースしか描かれていません。

もしあなたが自主管理局へ入室し、無事に認定証をもらいたいならば、このような方法も検討してはいかがですか。

 

以上、丸山でした。